〜「知っている」と「体験価値」の違い〜
現代はスマートフォンを開けば、
世界中の景色を見ることができます。
行ったことのない国の街を歩く動画を見たり、
有名な観光地を360度の映像で眺めたり、
おいしそうな料理をSNSで見ながら
つくったりすることもできます。
ゲームの世界では、
自分自身が主人公となり、
現実ではなかなかできない
冒険を経験することもできます。
私たちは今、とても簡単に
指先を動かすだけで
「疑似体験」
ができる時代を生きています。
それはとても、素晴らしいことだと思います。
遠く離れた場所について知ることができたり、
自分が経験したことのない世界に
興味を持ったりするきっかけ、
そして入り口になります。
実際、私自身は海外にはほとんど
行ったことがありません。
しかし、
世界の人々に触れ合いながら、街を歩く
そんな、某テレビなどは夢中になって観ていました。
一方で、便利になったからこそ、
改めて考えてみたいことがあります。
それは、
「知っていること」
と
「実際に体験したこと」
は、どんな違いがあるのだろう。
ということです。
富士山の映像を見ることと、富士山に立つこと

例えば、私ですと、
2017年に富士山へ登ってきました。
そして久しぶりに今年も富士山に登ってきました。
9年ぶりでの登山となりましたが
その間も、富士山に登りたくて
登山道や山頂からの景色などを、
SNSやYouTubeで見て、
歩いて、登った気持ちをになっておりました。
登山道の様子も、山小屋も、日の出も、
検索すればたくさんの映像が出てきます。
2019年以降、年月が経つにつれ
時折、映像を観て、ワクワクを重ねてました。
でも、今回改めて自分の足で登ってみると、
そこには映像だけでは分からないものが
たくさんあることに改めて気付かされました。
想像していた以上に
呼吸に集中しないといけないこと。
一歩一歩足を動かす大変さ。
体の反応や脈拍。
冷たい風。
同じタイミングで登山している方から
目を見て
「こんにちは!」
「この先もお気をつけて」
と声を掛け合う時の安心感。
そして、苦労してたどり着いた
場所から見る景色。
同じ景色を画面で見ていたとしても、
自分の足でそこまで歩いたあとに見る景色は、
まったく違って見えました。
これが、体験が持っている
大きな力、価値なのだなと改めて思いました。
体験には「五感」と「感情」がある
画面から得られる情報の多くは、
見ることや聞くことが中心です。
しかし、実際の体験にはもっと
多くの情報があります。

その場所の温度。
香り。
音。
人の表情。
空気感。
そのとき自分が感じた
緊張や喜び。
予想外の出来事。
こうしたものが一つになって、
「自分自身の経験」になります。
例えば、接客について学ぶ場合でも、
「笑顔で接客しましょう」
「相手の立場に立ちましょう」
と文章で読むことはできます。
そして、すでに接客している方々からすると
それは、当たり前!
と感じるかもしれません。
では、それを朝礼、もしくは社内研修などで
ロールプレイする場合はどうでしょうか。
実際に社内のメンバー、上司、先輩などが
お客様役になり、店員役の自分に
声をかけられると、
「こんなにも緊張するんだ」
と感じたことはありませんか。
実際の接客と、ロールプレイの
違いは何でしょうか。
本当にあなたは
そこに存在をおけていますか。
ここに気づき、存在をおけた
この瞬間、知識は単なる情報ではなくなります。
自分の感情を伴った学びへと変わります。
想像力は、体験から育っていく
ホスピタリティで大切にされるものの一つに、
「相手の立場を想像すること」
があります。
相手はいま何を感じているのだろう。
困っていることはないだろうか。
何をすれば、この人は安心できるだろう。
そのようなことを考えるためには、
想像力が必要です。
では、その想像力はどこから
生まれるのでしょうか。
その一つが、自分自身の体験です。
自分が困った経験があるから、
困っている人の気持ちを想像できる。
自分がうれしい声をかけてもらった
経験があるから、
誰かにも同じように声をかけることができる。
自分が初めての場所で不安になった
経験があるから、初めて来られた
お客様に優しく案内することができる。
つまり体験とは、単なる思い出ではありません。
誰かを理解するための
「引き出し」を、
自分の中に増やしていくことでもあるのです。
「正解を覚える学び」から「感じて考える学び」へ
学校でも仕事でも、
これまでの学びでは
「正しい答えを覚える」
ことが重視されてきました。
しかし、人と人との関係には、
いつも一つの正解があるわけではありません。
同じ言葉をかけても、
うれしい人もいれば、
そうではない人もいます。
同じサービスでも、その人の状況によって
求めているものは変わります。
だからこそ、ホスピタリティを学ぶときには、
知識を覚えるだけでなく、
実際にやってみる。
感じてみる。
そして、自分なりに考えてみる。
というプロセスが大切になります。
ロールプレイをしてみる。
誰かと一緒に課題に取り組んでみる。
普段とは違う場所へ出かけてみる。
そこで感じたことを仲間と話してみる。
そうした体験の中で、
「自分だったらどうするだろう」
「相手はどう感じただろう」
という問いが生まれます。
その問いこそが、ホスピタリティを
育てる入り口なのかもしれません。
体験したことは、自分の言葉になる

インターネットで調べれば、
たくさんの答えが見つかる時代になりました。
生成AIに聞けば、
さらに短い時間で情報を
整理することもできます。
だからこそ、これからますます価値が高まっていくものがあります。
それは、
「私はこう感じた」
「私はこう考えた」
「私はこうしてみたい」
という、自分自身から生まれた言葉です。
そして、その言葉の土台になるものの一つが
「体験」です。
ホスピタリティも同じです。
誰かから教えられた
正解を覚えるだけではなく、
自分自身で人と関わり、
感じ、
考え、
行動する。
その経験を振り返ることで、
初めてホスピタリティは
「知っていること」
から
「できること」
へ変わっていきます。
これからの時代、疑似体験は
様々な角度で
さらに進化していくと思います。
だからこそ私たちは、画面の外へ出て、
自分の目で見て、自分の耳で聞き、
自分の心で感じる時間を、
これまで以上に大切にしても
よいのではないでしょうか。
体験する。
感じる。
考える。
そして、
自分だったら嬉しい
の視点も大切にしつつ
他の人だったら?
の視点に置き換え
誰かのために行動する。
そんな学びの積み重ねの中に、
人と人との間に生まれる本当の
ホスピタリティがあるのだと思います。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。